熊本地震後、最大震度7を観測した熊本県で発生したイオンモール熊本の爆発事故。避難後に「売上金を金庫に戻してほしい」という指示を受けて館内に戻り、22歳の女性社員が亡くなったという事実が明らかになりました。
運営会社の社長は指示を認め、謝罪しています。世論は「命よりお金なのか」という批判で一色です。
ただ、この事故を「ひどい社長がいた」という個人の資質の問題として片付けてしまうと、同じことは他の会社でも繰り返されます。緊急時に何をしていいか、何をしなくていいかを、あらかじめ言葉にしているかどうか。この一点が、生死を分けます。
目次
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何が起きたのか(事実整理)
亡くなった22歳の女性社員は、地震直後に一度、屋外へ避難していました。しかし駐車場で会った親戚に「会社の人から頼まれたので、金庫にお金を入れないといけない」と言い残し、同僚と共に館内へ戻りました。その後、爆発に巻き込まれています。
運営会社の社長は8月2日、「売上金を金庫に戻してほしい」と店長を通じて指示していたことを認め、「痛恨の極みだ。両遺族に申し訳ない」と謝罪しました。一方でイオン本社は、「避難後は館内に入らないマニュアルになっている」と説明しており、指示の経緯や現場での伝わり方については、今後さらに事実確認が進むとみられます。
この記事では、まだ確定していない事実関係を断定することはせず、中小企業が自社の緊急時対応をどう見直すべきかに焦点を当てます。
なぜ「一人の資質」の問題にしてはいけないのか
重大な事故が起きると、私たちはまず「誰が悪いのか」を探したくなります。犯人が見つかれば、自分の会社は関係ないと安心できるからです。
しかし本当に見るべきは、その指示がなぜ現場から自然に出てきたのか、という仕組みの方です。日本人は責任感の強い人が多く、「戻ってこい」と直接命じられなくても、「戻してほしい」というニュアンスだけで、現場は忠実に応えようとする傾向があります。
その責任感の強さを、会社側があらかじめ想定できていたかどうか。ここに、ほとんどの中小企業に共通する「空白」があります。
実は法律上も、会社は労働契約法第5条によって、労働者の生命・身体の安全に配慮する義務(安全配慮義務)を負っています。これは「事故が起きないようにする」だけでなく、「緊急時に労働者が誤った判断をしないよう、あらかじめ備える」ことも含まれると考えるべきです。
緊急時に決めておくべき3つのルール(ハード)
私は普段からスタッフに、『仕事は重要だ。でも、目の前で事故が起きたら、家族に何かあったら、仕事のことは置いていい。あなたの命、目の前の誰かの命よりも、仕事が上回ることは絶対にない』と伝えています。
この言葉を実際に機能させるためには、感情論だけでなく、次の3点を制度として明文化しておく必要があります。
- ①災害・事故発生時、何を放置してよいか(売上金・書類・在庫など)を具体的に列挙しておく
- ②避難後に再び現場へ戻ることを、原則として禁止する
- ③行動後は必ず会社へ連絡し、状況を報告することをセットで求める
たとえば私自身は、こう伝えています。『金庫に戻さなくていい。逃げていい。これは盗んでいいという意味とは違う。とにかく一旦は、その場を離れていい。もし逃げる途中でお金を誰かに奪われたとしても、私はあなたを責めない。ただ、後でそのときの状況だけは教えてほしい』。戻る・戻らないを現場の個人判断に丸投げしないこと。それが、ルール化の本質です。
ルールだけでは足りない、繰り返し言葉にする文化(ソフト)
就業規則や緊急時マニュアルを整えるだけでは、人は動きません。ルール(ハード)と、日頃の対話(ソフト)が噛み合って、初めて現場は安心して「逃げる」という判断ができます。
「あなたの命が一番大事だ」というメッセージを、当たり前だと思わずに、繰り返し言葉にして伝えている企業は、実はそう多くありません。当たり前すぎるからこそ、誰もわざわざ言わないのです。
たとえば、こんな場面に心当たりはないでしょうか。
- 台風が接近する日、営業を続けるかどうかの最終判断が、現場責任者ひとりに委ねられている
- 「無理はしなくていい」と経営者は思っているが、その一言を具体的に口にしたことは一度もない
- 現場は「休業すると会社に迷惑がかかる」と考え、無理をして通常営業を続けてしまう
感謝の言葉を伝えないままにしておくと、ある日突然、関係が壊れます。それとまったく同じ構造が、命に関わる場面でも起きているのです。
よくある質問
Q. 「命を優先していい」と伝えると、業務が回らなくなりませんか?
A. 誰か一人が抜けても、たいていは何とかなります。どうしても回らない場合は、経営者自身が代わりを務める体制を普段から作っておくことが前提です。それでもお客様に迷惑をかける場合は、経営者が直接謝罪する。ここまでをセットで決めておくと、現場は安心して命を優先できます。
Q. すでに就業規則や緊急時マニュアルがある場合、何を見直せばいいですか?
A. 多くの就業規則には「災害時の措置」が抽象的にしか書かれていません。「何を放置していいか」「避難後に戻ってよいか」「戻った場合の連絡義務」の3点が、具体的な行動レベルで書かれているかを確認してください。
まとめ
イオンモール熊本の事故は、一人の社長の資質の問題ではなく、多くの中小企業が抱えている「空白」が、最悪のタイミングで表に出たものだと私は考えています。
制度(ハード)としての緊急時ルールと、対話(ソフト)としての「あなたの命が一番大事だ」という繰り返しのメッセージ。この両輪が、御社にはそろっているでしょうか。緊急時対応や就業規則の見直しに不安を感じたら、ぜひ当社にご相談ください。
筆者プロフィール
泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー
姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年6月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。
「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に説教して解約された経験あり。それでも伝え続けるのが私の役目。
支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走とダメ出しができる社労士。
生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、経営者のPCを直接触り、当日に課題を解決する「実装型」の伴走を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。
