紹介された人ほど、いつも通りの選考手順を踏むべき|姫路の採用定着士が伝える、口約束と特別扱いの採用が既存社員との溝を生む理由

先日、姫路市内で食品工場を営む社長と、採用の相談をしていたときのことです。社長が少しうれしそうに、「実は、昔お世話になった上司から『いい人がおるんやけど、雇ってくれへんか』と連絡がありまして」と話してくださいました。

紹介されたのは、その元上司の会社で10年近く働き、家族の事情で姫路に戻ってくることになった方です。社長はすでに工場を案内し、月給は「だいたいこのくらいで」と口頭で伝えていました。そして最後に、「面接は、まあ形だけでいいかなと思っています」と付け加えられました。

私は、その「形だけ」の一言が一番気になりました。

今日はそれについて、批判をおそれず、私の持論をお話しします。


目次

  1. 相談の概要
  2. 紹介だからこそ口約束にせず、雇用契約書で条件を決める
  3. 紹介された人にも、ほかの社員と同じ入社試験を受けてもらう
  4. 紹介者には、入社試験と面接の目的をはっきり伝える
  5. 入社試験なしの特別扱いは、既存社員の不信を生む
  6. 入社試験は、入社する本人を守るためにある
  7. よくある質問
  8. まとめ

相談の概要

この工場は従業員15名ほどで、社長は独立する前、紹介者である元上司の会社で8年間働いていました。仕事のイロハを教わり、独立するときも取引先を紹介してもらった、まさに恩人です。その恩人から「うちで10年働いてくれた人や。腕は保証する」と言われたのですから、社長がうれしくなるのも無理はありません。

実際、工場を案内したときの印象もとても良く、ラインの段取りについての質問も的確でした。社長は「人手が足りない今、こんな人が来てくれるならありがたい」と、すでに来てもらう前提で話を進めていました。月給は、今いるベテラン社員と同じくらいの金額を口頭で伝えただけで、書面はまだ何も渡していません。

ひとつ気になったのは、この工場では3年前から、新しく入る人には全員、国語と算数の筆記試験と適性検査を受けてもらっていることです。ところが今回は、恩人の紹介だからという理由で、その試験を飛ばそうとしていました。


紹介だからこそ口約束にせず、雇用契約書で条件を決める

先に言っておくと、紹介で人を採ること自体は、とても良い方法です。求人広告では分からない働きぶりや人柄を、信頼できる人から聞けるのですから、中小企業にとってこれほどありがたいルートはありません。問題は、紹介という安心感があるせいで、本来やるべき手続きを省いてしまうことです。

まず、口約束の月給です。「だいたいこのくらい」と言われた金額が、基本給なのか、手当込みなのか、残業代が含まれているなら何時間分でいくらなのか。試用期間はあるのか、賞与はどうなるのか。社長は分かっているつもりでも、本人が同じように受け取っているとは限りません。入社して最初の給与明細を見て「聞いていた金額と違う」となったとき、その不満は本人の中だけでは終わらず、紹介者である元上司の耳にも入ります。そうなると、本人との関係だけでなく、恩人との関係まで一緒に壊れてしまいます。

まず法律の話です。労働基準法第15条と同法施行規則第5条では、人を雇うときに労働条件を明示することが義務づけられていて、契約期間、就業場所と業務の内容、始業・終業時刻や休日、賃金の決め方と支払方法、退職に関することは、書面で渡さなければなりません(本人が希望すれば、電子メールなどでも構いません)。口約束でも雇用の契約そのものは成立しますが、これらを書面で明示しなければ、紹介であっても法律違反です。一般的には、労働条件通知書や、労働条件を書き込んだ雇用契約書で明示します。そのうえでモラルの話をすると、紹介者の顔を立てたいなら、なおさら書面で条件をはっきりさせるべきだということです。曖昧なまま始めて揉めることが、紹介者に対して一番失礼なことだからです。


紹介された人にも、ほかの社員と同じ入社試験を受けてもらう

私だったら、どれだけスキルがあると聞いていても、素晴らしい人だと言われていても、入社試験は絶対にやります。仕事で使う読み書きを見る国語、計算を見る算数、それに、支援先で普段から使っている適性検査です。面接も形だけにせず、ほかの応募者と同じように行い、現場のスタッフにも会ってもらいます。

そして、この入社試験を嫌がるような人は、採用するべきではないと私は考えています。ほかの社員が全員受けてきた試験を、「自分は紹介だから」と受けたがらない人が、入社したあとに周りと同じルールで働けるとは思えないからです。

もし、そもそも入社試験も適性検査もやっていないという会社であれば、紹介かどうかに関係なく、まずそこから始めてください。試験がないから、面接での印象と紹介者の言葉だけで決めることになり、「形だけの面接」になってしまいます。


紹介者には、入社試験と面接の目的をはっきり伝える

とはいえ、恩人の紹介で試験をすると言えば、「俺の言うことが信用できないのか」と思われないか、心配になる社長の気持ちもよく分かります。私も、お世話になった人の紹介を断りたくて試験をするわけではありません。

だからこそ、私なら紹介者にも、試験と面接をする理由をちゃんと説明します。「もし合わない状態で入ってもらって、すぐに辞めたいということになったら、ご本人にも申し訳ないです。それに、私という経営者が合うかどうかを、ご本人にも見極めてほしいんです。だから、ちゃんと試験と面接をさせてください」と、はっきり伝えます。試験は、紹介者を疑うためではなく、本人とお互いを確かめるためにやるのです。

目的を伝えないまま進めるから、社長は紹介者の言葉を鵜呑みにし、紹介者も「話はついた」と思い込んでしまいます。目的をきちんと説明して、分からない人はまずいません。もし説明しても理解しない人、怒り出す人であれば、その人とはもう付き合う必要もないと、私は思っています。


入社試験なしの特別扱いは、既存社員の不信を生む

紹介された人を入社試験なしで採用したとき、一番傷つくのは、今いる社員です。冒頭の工場で言えば、この3年間に入った社員は全員、国語と算数の試験と適性検査を受けてから入社しています。その社員たちが、新しく入ってきた人だけ試験を受けていないと知ったら、どう感じるでしょうか。

「私たちは入社試験を受けたのに、なんであの人は社長の恩人の口利きだけで入れるの?」「あの人は特別扱いなんだ」。社員は口に出さなくても、こう感じます。社長を信頼していた社員ほど、ルールを曲げた社長に裏切られたと感じます。1人採用したつもりが、今いる社員何人分ものやる気を失わせてしまいます。

紹介者への恩と、社員の扱いは別の話です。うちで働くのであれば、うちのほかの社員と同じ扱いにする。それが、今いる社員の定着を守ることにつながります。


入社試験は、入社する本人を守るためにある

入社試験は、会社のためだけにやるものではありません。紹介で入った人は、本人に何の非もなくても、「あの人は特別扱いで入った人」という目で見られがちです。ほかの社員と同じ試験を受けて入っていれば、本人も「私も同じ試験を受けて入りました」と胸を張れます。同じ試験を受けてもらうことは、本人を職場の中で孤立させないための配慮でもあります。

そして、試験をした結果、全然合わないと分かったのなら、雇うべきではありません。ただし、試験は必ず、採用を決めて本人に伝える前に行ってください。「来てください」「月給はこのくらいで」と採用を約束したあとでは、内定が成立しているとみなされ、試験の結果を理由に断ることが難しくなります。恩人の紹介だからと無理に雇って、本人が半年で辞めることになれば、本人の経歴にも傷が付きますし、紹介者との関係も気まずくなります。合わないと分かった時点で、本人にも紹介者にも正直に伝えるほうが、ずっと誠実です。

試験をせずに人を採って失敗する話は、紹介に限りません。友人を何の試験もなしに採用したら、まったく仕事ができず、職場にも合わず、言うことも聞かない。結局、雇用関係だけでなく友人関係まで壊れてしまった、という話は本当によく聞きますし、私が知っている事例の中にもあります。

兵庫県のある中小企業では、大企業出身の人を部長として迎えました。ちゃんとした面接試験はほとんどせず、大企業にいたというブランドだけで決めた採用です。ところがその部長は、仕事ができないうえに部下へのハラスメントを繰り返し、最後は自分から辞めていきました。

兵庫県のまったく別の中小企業には、大学の名前だけで採用を決める社長がいました。もちろん面接はしますが、東大、京大、慶応、九大といった名前を見た時点で、社長の中では「この人が欲しい」と決まってしまいます。そうして採用した人が、まったく仕事ができずに辞めていくケースを、私は何度も見てきました。紹介も、大企業のブランドも、大学の名前も、その人が自社で働けるかどうかまでは教えてくれません。

合わない人を採用したときの問題は、ただ入って辞めて終わり、では済まないことです。ものすごいトラブルを起こし、台風のように去っていく。本人が去っても、残骸は職場に残ります。既存社員のモチベーションは下がり、人件費は出ていき、教えた時間は無駄になる。社員からは「なんで社長は、こんな人を採用したの」と思われます。会社にとって、何のプラスにもなりません。

先輩の紹介であろうが、大企業からの転職であろうが、昔からの幼なじみや親友であろうが、まったく関係ありません。だからこそ、どんな経歴や関係の人でも、ほかの社員と同じ手順を踏んでもらうべきです。紹介であれば、なおさらです。


よくある質問

Q. 紹介された人が「入社試験は受けたくない」と言ったら、どうすればいいですか?

A. まず、ほかの社員も全員受けていること、合う・合わないをお互いに確かめるための試験であることを説明してください。説明しても受けたくないという人は、採用を見送るべきです。そのときは紹介者にも「全員にお願いしている試験なので」と同じ説明をすれば、角は立ちません。

Q. 入社試験の結果が悪かったとき、紹介者にはどう伝えればいいですか?

A. 試験をする前に、紹介者にも目的を伝えておくことが前提です。そのうえで、結果はご本人に伝え、紹介者にも「合わない状態で入ってもらうほうが、ご本人に申し訳ないので」と、正直に報告してください。紹介してくれた方に結果を報告しないことのほうが、よほど失礼です。事前に目的を伝えていれば、結果を伝えても関係はこじれにくくなります。

Q. 入社試験では、どんなことをすればいいですか?

A. 私が支援先にお勧めしているのは、仕事で使う読み書きを見る国語、計算を見る算数、そして適性検査の3つです。難しい問題である必要はありません。大事なのは、紹介でも一般の応募でも、全員に同じ試験を行うことです。なお、試験や検査は、仕事に必要な能力や適性を見るものに限ります。家族のことや思想・信条などを尋ねる内容が入っていないかは、事前に確認してください。


まとめ

恩人からの紹介は、本当にありがたいものです。冒頭の社長がうれしそうに話してくださった気持ちも、よく分かります。ですが、ありがたい紹介だからこそ、口約束の月給と形だけの面接で始めてしまうと、入社後のずれが本人との関係も、恩人との関係も、今いる社員との関係も、まとめて壊してしまいます。

紹介された人ほど、雇用契約書で条件を決め、ほかの社員と同じ入社試験と面接を受けてもらう(ハード)。そして紹介者にも本人にも、その目的を正直に伝える(ソフト)。紹介だから特別扱いするのではなく、紹介だからこそ、誰よりも丁寧に同じ手順を踏む。それが、既存社員と入社する本人の両方を守ることにつながります。

社長自身が本気になって、「この人を、ほかの社員と同じ手順で迎えているか」と問い続けてほしいのです。

筆者プロフィール

泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー

姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年9月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。

中卒→ニート→売れない漫画家→特定社労士。国立高専を半年で中退し、20代前半は全国誌でギャグ漫画を2年間連載するも、鳴かず飛ばずのまま終わる。定職に就かない時期を経て、勤め先では悪質な嫌がらせにも遭う。「仕事ができない人間」として過ごした日々と、あの職場の記憶。その両方が社労士を志すきっかけとなる。2014年に社会保険労務士登録、2019年7月に独立。

「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に、常識を教えてあげたところ、解約された過去あり。それでも伝え続けるのが私の役目だと思っている。

支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走と「耳が痛い話」ができる社労士でありたい。

生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、クライアントのPCを直接触り、その日のうちに仕組みを作る「実装型伴走」を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。