姫路の特定社会保険労務士が指摘する、経営者自身の長時間労働という盲点

「寝たら忘れるタイプなので、大丈夫です」
先日面談した、独立準備を進めているある経営者は、そう言って笑っていた。

毎日事務所を出るのは深夜1時。睡眠時間は3〜4時間。休日もほとんど取れていないという。それでも本人はいたって元気そうで、むしろ楽しそうに独立への準備を語ってくれた。

その体力と切り替えの早さには、正直驚いた。しかし、経営者の「大丈夫」ほど当てにならないものはないと、特定社会保険労務士として数多くの中小企業経営者を見てきた立場からは思う。今回は、経営者自身の長時間労働と健康管理について、実例を交えてお伝えしたい。

目次

  1. 「寝たら忘れる」という経営者ほど危ない理由
  2. 40代を境に増える、経営者の体調・メンタル不調
  3. 経営者が倒れたら、組織はどうなるか
  4. 今日からできる、経営者自身の健康管理の技術
  5. よくある質問

「寝たら忘れる」という経営者ほど危ない理由

冒頭でご紹介した経営者は、独立準備で頭がいっぱいの中、新事務所の契約からスタッフの採用計画まで、ほぼ一人で切り盛りしていた。話を聞けば聞くほど、この人はとにかく体力に自信があるのだと分かる。

こういうタイプの経営者は、実は少なくない。むしろ、体力と気力に自信がある人ほど、中小企業の経営者には多い印象がある。だからこそ「寝たら忘れる」「気合でなんとかなる」という感覚のまま、長時間労働を何年も続けてしまう。

問題は、その感覚が本人の実感でしかないという点だ。体は少しずつ確実に消耗している。にもかかわらず、経営者は従業員の労働時間には目を光らせても、自分自身の労働時間には無頓着になりがちである。


40代を境に増える、経営者の体調・メンタル不調

実は私自身、2026年3月に体調を崩し、しばらく仕事を休んだ経験がある。幸い大事には至らなかったが、あの時の感覚は今でもよく覚えている。ある日突然、それまで当たり前にできていたことができなくなる。予兆はあったはずなのに、忙しさにかまけて見過ごしていた。

40代を境に、体調やメンタルの不調が出やすくなるというのは、決して他人事の話ではない。いわゆるミッドライフクライシスと呼ばれる現象で、働き盛りの男性に起こりやすいとされる。もちろん個人差はあり、まったく影響を受けない人もいる。しかし「自分は大丈夫」という思い込みこそが、一番の落とし穴になる。

経営者が体調を崩せば、意思決定のスピードも質も落ちる。従業員は、経営者のちょっとした変化に敏感だ。「最近、社長の様子がおかしい」という空気は、想像以上に早く組織全体に伝わってしまう。


経営者が倒れたら、組織はどうなるか

経営者の健康管理は、単なる個人の問題ではない。組織を支える土台そのものである。ここで大切なのが、ハードとソフトの両輪という考え方だ。

勤怠管理システムの導入や労働時間の可視化といった「ハード」の整備は、経営者自身の働き方を客観的に把握するために欠かせない。感覚だけで「まだいける」と判断するのではなく、数字で自分の状態を確認できる仕組みを持つことが第一歩になる。

一方で、仕組みだけでは人は変わらない。定期的に誰かと状況を話し、自分の状態を言葉にする「ソフト」の時間も同じくらい重要だ。忙しさに流されて一人で抱え込んでしまうと、体調のサインにすら気づけなくなる。経営者自身が「相談できる相手」を持っているかどうかで、倒れる前に踏みとどまれるかが大きく変わってくる。


今日からできる、経営者自身の健康管理の技術

健康管理というと大げさに聞こえるかもしれないが、始めることは意外とシンプルだ。

  • 睡眠時間を「気合でなんとかなる数字」ではなく、業務改善の指標として記録する
  • 月に一度でいいので、自分の労働時間を振り返る時間を意識的に作る
  • 業務を一人で抱え込まず、任せられる部分は早めに手放す
  • 体調やメンタルの変化を、信頼できる誰かに話す習慣を持つ

どれも特別なことではない。ただ、忙しい経営者ほど後回しにしがちなことでもある。従業員の労務管理には目を配っていても、自分自身のことは案外見えていないものだ。


よくある質問

Q. 経営者にも労働時間の上限規制はあるのですか?

A. 労働基準法上の労働時間規制は、労働者を対象としたものであり、法人の代表者や個人事業主自身には直接適用されません。しかし、規制がないからといって無制限に働いてよいという意味ではありません。経営者自身が倒れれば会社の存続そのものに関わるため、自主的な管理がより一層重要になります。

Q. 忙しくて自分の労働時間を記録する余裕がありません。どうすればいいですか?

A. 完璧な記録を目指す必要はありません。まずは「何時に事務所を出たか」「何時間眠れたか」を簡単にメモするだけでも十分です。数字として可視化されることで、自分では気づきにくい働き方の偏りが見えてきます。


まとめ

「寝たら忘れる」「気合でなんとかなる」——その感覚は、若さや体力に恵まれた経営者にとって、時に武器になる。しかし、それがいつまでも通用するとは限らない。

経営者が健康を損なえば、止まってしまうのは本人だけではない。従業員も、その家族も、会社そのものも一緒に止まってしまう。だからこそ、自分の健康管理を「気合」や「体質」だけに任せず、仕組みと対話の両方で支えていく発想が欠かせない。

自分の働き方や体調管理に少しでも不安を感じたら、ぜひ当社にご相談ください。

筆者プロフィール

泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー

姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年6月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。

「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に説教して解約された経験あり。それでも伝え続けるのが私の役目。

支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走とダメ出しができる社労士。

生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、経営者のPCを直接触り、当日に課題を解決する「実装型」の伴走を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。