辞令を読んでいるのは本人だけではない。財務省の「協力的でなかったから」に思うこと|姫路の特定社労士が考える人事というメッセージ

少し込み入った話になりますが、こういうことがありました。

私はある企業の顧問社会保険労務士を務めていました。

その企業の、将来の後継者にあたる方から、別のあるサービスのご依頼をいただいたことがあります。

契約の前に、金額も含めてすべてご説明しました。「簡単ではありませんよ」「クリアしなければいけないことがいくつもあります」とも、何度もお伝えしました。

そのうえで、その方は契約に同意されました。

ところが後になって、「こんなに面倒ならやめる」「丸投げできると思っていた」「従業員が高いと言っている」「お金を返してほしい」とおっしゃるようになりました。

その裏には、ここには書けない、経営者としてどうなのかと思う言動もいくつかありました。

私ははっきりとお伝えしました。契約前にすべてお伝えしたはずであること。金額も、契約の撤回も、返金もできないこと。これはご自身が決断されたことであり、従業員のせいにされても関係がないこと。こちらに落ち度があるならまだしも、何も始まっていない段階で、ご都合でやめるのは受け入れられないこと。

すると、その方は、私に直接ではなく、その企業の経営を握るご親族を通じて、私との顧問契約を解約させました。

※このエピソードは、関係者の名誉に配慮し、実際の状況から大幅にぼかし、一部を改変して書いています。

2026年8月6日、財務省の人事が話題になりました。次官候補と言われてきた一松旬・主計局次長が東京税関長に転出する件で、官邸幹部が「政権にあまり協力的でなかったから」と語ったと朝日新聞が報じています。

「協力的じゃない」。この言葉に、私は聞き覚えがありました。顧問先の社長から、同じ言葉を聞くことがあるからです。


目次

  1. 「協力的じゃない」には2つの意味がある
  2. 人事は、社長の言葉より雄弁なメッセージ
  3. 中小企業では、社長の感情がそのまま人事になりやすい
  4. 法律上、異動には限界がある
  5. 制度(ハード)と伝え方(ソフト)の両輪で考える
  6. よくある質問
  7. まとめ

「協力的じゃない」には2つの意味がある

社長から「あいつは協力的じゃない」と聞いたとき、私は必ずこう聞き返すようにしています。

「協力的じゃないというのは、指示に従わないという意味ですか。それとも、意見を言ってくるという意味ですか」

この2つは、まったく違います。

前者は、指導が必要な場面です。決まったことを実行しない、報告を上げない、期限を守らない。これは能力や姿勢の問題として、正面から向き合う必要があります。

後者は、会社にとって財産かもしれません。反対意見を言える社員は、社長が見えていない現場のリスクを見ている可能性があるからです。

やっかいなのは、社長の側から見ると、この2つが同じ「気分の悪さ」として届くことです。私も人間ですから、耳の痛いことを言われれば一瞬いやな気持ちになります。その一瞬の感情が人事に乗ってしまうかどうか。そこが分かれ目だと思っています。


人事は、社長の言葉より雄弁なメッセージ

異動の辞令は、本人ひとりに宛てた紙です。しかし、それを読むのは本人だけではありません。

同じ部署の同僚、隣の課の若手、それを噂で聞いた別拠点の社員。全員が見ています。そして、こう受け取る人が必ず出てきます。

「この会社では、上に意見を言うと不利になるらしい」

社長がどれだけ朝礼で「意見を言ってくれ」と呼びかけても、意見を言った人が不利益を受けた瞬間、その言葉は無効になります。社員が信じるのは、社長の言葉ではなく、社長の人事だからです。

私が「人事はメッセージだ」と申し上げるのは、この意味においてです。


中小企業では、社長の感情がそのまま人事になりやすい

「国の話でしょう」「うちのような小さい会社には関係ない」と思われるかもしれません。私はむしろ、逆だと考えています。

中小企業は決裁が速く、間に人が挟まりません。大企業なら人事部が一度立ち止まる案件も、社長ひとりで完結してしまいます。

ある会社の話に置き換えてみると、こういう形で現れます。

  • 意見を言った社員が、次の期から会議に呼ばれなくなる
  • 「本人の希望を聞いた」ことにして、畑違いの部署へ異動させる
  • 役職はそのままで、担当だけが軽いものに差し替わる
  • 面談の回数が減り、社長と話す機会そのものがなくなる
  • 数か月後、その社員が静かに退職する

ひとつずつ見れば、どれも説明のつく話です。しかし周りの社員は、これを一連の流れとして読んでいます。

そして学習します。「この会社では、思ったことを言わないほうが得だ」と。

ここが定着に効いてきます。辞めるのは、意見を言った本人だけではありません。意見を言うのをやめた社員が、心の中で先に辞めていきます。出社してはいるけれど、もう会社のことを考えていない。その状態から実際の離職までは、そう遠くありません。


法律上、異動には限界がある

組織論だけでなく、法律の話も押さえておきます。

就業規則に配置転換の規定があり、勤務地や職種を限定する合意がなければ、会社は異動を命じる権利を持ちます。ただし、その権利は無制限ではありません。

労働契約法第3条第5項は、労働契約に基づく権利の行使にあたって、それを濫用してはならないと定めています。

配置転換について長く実務の基準とされてきたのが、東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日判決)です。この判決は、業務上の必要性がない場合、業務上の必要性があっても不当な動機・目的をもってなされた場合、労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合には、配転命令が権利の濫用になるという枠組みを示しました。

「気に入らないから」が理由の一部に混ざっていれば、2つ目に当たるおそれがあります。しかも判断されるのは社長の内心ではなく、時系列と客観的な事実です。社員が是正を求めた2週間後に畑違いの異動が出れば、その2つは結び付けて見られます。

あわせて、育児・介護休業法第26条にも触れておきます。就業場所の変更を伴う配置の変更をしようとする場合、その変更によって子の養育や家族の介護が困難になる労働者がいるときは、その状況に配慮しなければならないと定められています。異動を禁止する規定ではなく、状況を聴いて検討することを求める規定です。

配置転換の法律論をより詳しく整理した記事は、当社のLPサイトにも掲載しています。


制度(ハード)と伝え方(ソフト)の両輪で考える

私はいつも、ハード(制度・仕組み)とソフト(傾聴・承認・対話)の両輪だと申し上げています。人事もまったく同じです。

ハード:異動の基準と手順を決めておく

就業規則に配置転換の規定を置く。労働条件通知書に就業場所・業務の変更の範囲を記載する。異動を決める前に何を確認するのか、社内の手順を決めておく。

仕組みがないと、その場の空気で決まってしまいます。

ソフト:伝え方と、聴き方

異動を伝える面談で、理由を自分の言葉で説明する。本人の話を最後まで聴く。これまでの働きを言葉にして承認する。

これがないと、正しい手順が「冷たい通告」に化けます。

制度を整えるだけでは、人は納得しません。面談を増やすだけでは、次の異動でまた揉めます。両方が噛み合ったときに、はじめて人事が組織へのメッセージとして機能します。


よくある質問

Q. 反対意見ばかり言う社員に、どう向き合えばいいですか?

A. まず、その社員が「決まったことをやらない」のか「決まる前に意見を言っている」のかを分けてください。後者であれば、意見そのものではなく伝え方について話し合うほうが建設的です。意見を封じると、短期的には静かになりますが、現場のリスク情報が社長に届かなくなります。私の経験では、後者を切ってしまった会社ほど、数年後に大きなトラブルを抱えています。

Q. 異動の理由を、本人にどこまで説明すべきですか?

A. 業務上の必要性は、必ず説明してください。「なぜこの人を、なぜこのタイミングで、なぜこのポジションに」の3点です。他の社員の個人情報に触れる部分は伏せて構いませんが、理由を一切言わない異動は、本人にも周りにも悪い想像を許すことになります。説明した内容は、面談記録として残しておいてください。


まとめ

今回の報道で私が引っかかったのは、人事の中身よりも「協力的でなかったから」という一言でした。この言葉は、規模を問わずどんな組織でも出てくるからです。

御社で、最後に社長へ反対意見を言った社員は誰でしょうか。その人は今、どのポジションにいるでしょうか。そして周りの社員は、そのことをどう見ているでしょうか。

人を動かす権利は、経営者にあります。だからこそ、その使い方が組織の空気をつくります。

異動や降格の進め方に迷ったとき、社員への伝え方に不安を感じたときは、ぜひ当社にご相談ください。制度の整備から面談の設計まで、一緒に組み立てます。

筆者プロフィール

泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー

姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年8月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。

中卒→ニート→売れない漫画家→特定社労士。国立高専を半年で中退し、20代前半は全国誌でギャグ漫画を2年間連載するも、鳴かず飛ばずのまま終わる。定職に就かない時期を経て、勤め先では悪質な嫌がらせにも遭う。「仕事ができない人間」として過ごした日々と、あの職場の記憶。その両方が社労士を志すきっかけとなる。2014年に社会保険労務士登録、2019年7月に独立。

「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に、常識を教えてあげたところ、解約された過去あり。それでも伝え続けるのが私の役目だと思っている。

支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走と「耳が痛い話」ができる社労士でありたい。

生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、クライアントのPCを直接触り、その日のうちに仕組みを作る「実装型伴走」を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。