先日、ある企業の経営者からご相談をいただきました。「スタッフが、一人前になるための目標を自分で立ててくれた。頑張ってるのは伝わる。でも、その頑張りをどう評価に反映すればいいのか分からない」というお話でした。
詳しく伺うと、その経営者は以前、別のスタッフに同じように目標設定を求めたことがあったそうです。そのスタッフは真面目に目標を立て、達成に向けて努力しました。ところが経営者から返ってきたのは「それは基本給でカバーする範囲であって、賞与には反映されない」という説明でした。本人は納得できないまま、疑問を抱えたまま働き続けることになりました。
目標を立てさせておいて、その頑張りがどこにも反映されない。これほどスタッフのやる気を削ぐ仕組みはありません。今日は、この事例をもとに、「目標設定を強制すること」の落とし穴と、経営者がどう向き合うべきかをお伝えします。
目次
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「目標を立てさせる」ことが目的化していないか
多くの企業で、期初に「今期の目標を立てましょう」という取り組みが行われています。目標を立てること自体は悪いことではありません。むしろ、成長意欲のあるスタッフにとっては前向きな機会になります。
問題は、その目標設定が全スタッフ一律の「強制」になっているケースです。冒頭の企業でも、3ヶ月ごとに全スタッフへ目標設定を求める制度が運用されていました。意欲がある人にとっては成長の機会になりますが、そうでない人にとっては「やらされ仕事」になり、逆に負担感だけが残ります。
経営者側は「みんなに成長してほしい」という善意で始めた制度でも、受け取る側の状態はスタッフによってバラバラです。一律の強制は、意欲のある人の熱意すら「評価されない頑張り」に変えてしまう危険をはらんでいます。
特に人手が限られる中小規模の企業では、「みんな同じように頑張ってほしい」という気持ちが強くなりがちです。しかし、入職して間もないスタッフとベテランのスタッフでは、抱えている業務量も心理的な余裕も違います。同じ目標設定という枠組みを当てはめても、受け取り方は人によってまったく異なるのです。
「目標を立てること」自体を評価するのか、それとも「目標を達成すること」を評価するのかによっても、スタッフの受け止め方は変わります。ここが曖昧なまま制度だけを走らせると、頑張った人ほど「結局、何が評価されたのか分からない」という不満を抱えることになりかねません。
基本給と賞与、評価基準が曖昧なままの制度は機能しない
冒頭の事例で最も本質的だったのは、「目標設定の運用方法」ではなく、評価基準そのものが明確に共有されていなかったことです。
・何が「基本給で担保される期待水準」なのか
・何が「賞与に反映される加点要素」なのか
・その線引きをスタッフ本人が理解しているか
この3つが曖昧なまま目標設定だけを求めると、スタッフは「頑張れば報われる」と期待して努力し、経営者は「それは当然の範囲」と受け止める。このズレが、モチベーション低下の直接的な引き金になります。
制度を選択制に変えたとしても、この評価基準の曖昧さを放置すれば、同じ行き違いが再発する可能性が高いというのが実情です。目標設定の「やり方」を変える前に、まず「何が評価対象なのか」を言語化する作業が欠かせません。
評価基準を言語化する際、経営者はつい「感覚的に分かっているはず」という前提で話を進めてしまいがちです。しかし、スタッフ側からすれば、日々の業務の中で何が「当たり前の水準」で何が「特別な頑張り」なのか、明確な線引きを教えてもらったことがない場合がほとんどです。
評価基準の曖昧さは、賃金設計の問題とも直結します。基本給・賞与・手当のどこにどんな期待が込められているのかを整理せずに運用している企業は少なくありません。この整理を後回しにしたまま人事評価だけを厳密にしようとしても、土台がぐらついたままでは説得力を持ちません。
強制から選択制へ。それでも解決しない本当の課題
この企業では、全員一律の目標設定を見直し、「目標を立てたい人が立てる」選択制への変更を検討しています。意欲のあるスタッフの芽を摘まず、負担に感じるスタッフには無理をさせない。方向性としては妥当な判断です。
ただし、これだけでは根本解決になりません。「基本給に含まれる期待水準」と「賞与評価の対象になる成果」を簡潔に線引きする資料や説明を用意しなければ、選択制にした瞬間に同じ疑問がまた生まれます。
制度の形式(強制か選択か)と、制度の中身(評価基準の明確さ)は、別の問題です。どちらか一方だけを直しても、スタッフの不信感は解消されません。この両方に手を打って初めて、目標設定が「やらされ仕事」から「自分のための成長機会」に変わります。
実務的には、選択制への変更をスタッフに説明するタイミングも重要です。「制度を変えました」とだけ伝えると、これまで真面目に目標を立ててきたスタッフは「今までの自分の頑張りは何だったのか」と受け取ってしまうことがあります。変更の意図と、これまでの取り組みへの感謝をセットで伝える配慮が欠かせません。
「なぜ」を聞かずに終わらせていないか
私が経営者の方々にいつもお伝えしているのは、スタッフの不満や疑問には、必ず「なぜ」があるということです。「賞与に反映されないんですか」という一言の裏には、「自分の頑張りをちゃんと見てほしい」という願いが隠れています。
この経営者も、過去に同じスタッフから給与についての相談を受けた経験がありました。その時にきちんと「なぜそう感じたのか」を聞けていたら、今回の目標設定の行き違いも防げたかもしれません。
制度(ハード)を整えるだけでは、人は動きません。日々の面談や声かけといった対話(ソフト)で、スタッフの「なぜ」を拾い上げる。この両輪が揃って、初めて人が辞めない組織になります。
「なぜ」を聞く面談は、特別な機会である必要はありません。目標設定のタイミング、評価のタイミング、あるいは何気ない雑談の中でも、スタッフの言葉の裏にある本音を拾おうとする姿勢があるかどうかが分かれ目です。制度を変えるのと同時に、こうした対話の機会を意識的に増やすことをおすすめします。
よくある質問
Q. 目標設定制度は廃止した方がいいのでしょうか?
A. 廃止する必要はありません。問題は「全員一律の強制」であって、目標設定そのものではないためです。意欲のあるスタッフには成長の機会として、そうでないスタッフには負担にならない形として、選択できる制度に見直すことをおすすめします。
Q. 評価基準を明文化する際、何から手をつければいいですか?
A. まずは「基本給の範囲で当然に求める水準」と「賞与で加点評価する成果」を、箇条書きレベルで書き出すところから始めてください。完璧な評価制度を一度に作る必要はなく、スタッフに説明できる程度の言語化から着手すれば十分です。
まとめ
目標設定は、使い方次第で人を伸ばす道具にも、人を辞めさせる引き金にもなります。強制するのではなく選べる制度にすること、そして評価基準を曖昧なままにしないこと。この2つが揃って初めて、目標設定はスタッフのモチベーションを高める仕組みになります。
「うちの評価制度、スタッフにちゃんと伝わっているだろうか」と少しでも不安を感じたら、ぜひ当社にご相談ください。
筆者プロフィール
泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー
姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年8月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。
中卒→ニート→売れない漫画家→特定社労士。国立高専を半年で中退し、20代前半は全国誌でギャグ漫画を2年間連載するも、鳴かず飛ばずのまま終わる。定職に就かない時期を経て、勤め先では悪質な嫌がらせにも遭う。「仕事ができない人間」として過ごした日々と、あの職場の記憶。その両方が社労士を志すきっかけとなる。2014年に社会保険労務士登録、2019年7月に独立。
「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に、常識を教えてあげたところ、解約された過去あり。それでも伝え続けるのが私の役目だと思っている。
支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走と「耳が痛い話」ができる社労士でありたい。
生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、クライアントのPCを直接触り、その日のうちに仕組みを作る「実装型伴走」を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。
