「今年もこらえてくれた」。盆休み明け、若手社員が元気な顔で出社してくるのを見て、そう胸をなでおろした経営者もいらっしゃるのではないでしょうか。
神戸国際大学経済学部教授の中村智彦さんが、Yahoo!ニュース エキスパートで「盆明け退職」について興味深いコラムを書かれていました。福井県には水ようかんを冬に食べる独特の文化があり、その由来には、江戸時代から昭和にかけて商家へ丁稚奉公に出た少年たちが、最初の盆休みには里帰りを許されなかったという逸話が関係しているそうです。理由は「里心」。一度実家に帰れば、家族と離れがたくなり、奉公先に戻りたくなくなってしまうかもしれない。そこで大人たちは、里帰りできない少年たちに冷たい水ようかんを食べさせたと伝えられています。
この話は、そのまま現代の「盆明け退職」に重なります。盆休みで実家に帰り、旧友と再会し、スマートフォンで求人情報を眺める。そうして「自分は、このままでいいのだろうか」と考えた若手社員が、盆明けに退職を切り出す。中小企業ほど、この現象は深刻です。厚生労働省の調査によれば、大卒者の就職後3年以内離職率は、従業員1,000人以上の企業で27.0%であるのに対し、従業員5〜29人の企業では52.0%にのぼります。
この記事では、「盆明け退職」が起きる本当の理由と、中小企業が若手社員に「戻ってきたい」と思ってもらうために何ができるのかを、採用定着士としての現場感を交えて解説します。
目次
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「盆明け退職」は突然ではない
盆明けに退職を切り出された経営者は、決まって「まさか」「突然だった」と口にします。しかし、本人の中では、何カ月も前から小さな違和感が積み重なっていたはずです。
厚生労働省の「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」によると、大卒者の就職後3年以内の離職率は33.8%にのぼります。企業規模別に見ると、従業員1,000人以上の企業では27.0%であるのに対し、従業員5〜29人の企業では52.0%。小さな会社ほど、採用した大卒社員の半数以上が3年以内に辞めているという計算になります。
これは、盆休みという「きっかけ」の問題ではありません。日常の中で、辞めたい理由が誰にも拾われないまま、静かに積み上がっていたという「仕組み」の問題です。
若手が本当に知りたいのは「残業時間」と「離職率」
私はこれまで、採用定着士として、多くの中小企業経営者から採用と定着の相談を受けてきました。その中で繰り返し感じるのは、経営者と若手社員の間にある「情報の非対称」です。
株式会社エフペリが2026年7月に発表した調査によると、面接や選考の場では聞きにくいが、本当は知りたい情報のトップは「残業時間の実態」で、63.9%が挙げています。次いで「離職率」が41.1%、「年収の上がり方や昇給の実態」が39.0%、「退職理由」が36.3%、「有給や育休の取りやすさ」が36.1%と続きます。
若手は、給料の額面だけを見て会社を選んでいるわけではありません。パーソルキャリアの「転職理由ランキング2025年版」でも、20代の転職理由のトップは「労働時間に不満(残業が多い/休日出勤がある)」でした。「自分の時間をどう使えるのか」が見えない会社に、若手は安心して残れないのです。
こんな中小企業で起きていること
相談を受ける中でよく見かける構造を、架空の会社に置き換えて整理してみます。
- 面接時:「残業は月20時間程度」と説明を受けて入社を決める
- 繁忙期:実際は月50時間を超えることがあるが、社内で共有されない
- 入社後:ギャップに気づくが、上司に相談する場が用意されていない
- 盆休み:実家で旧友から「うちはそんなに残業ないよ」と聞かされる
- 盆明け:本人の中で結論が出ており、退職を申し出る
この会社の経営者は、きっとこう思うはずです。「うちは説明会でも面接でも、ちゃんと話した」と。しかし、企業側が「説明した」ことと、社員側が「理解し、納得した」ことは、まったく別物です。人手不足の中で採用を急げば急ぐほど、この溝は見過ごされがちです。
「引き留め」ではなく「戻ってきたい理由」をつくる
盆明けに退職を申し出た社員を、どう説得して引き留めるかを考える経営者は多いものです。しかし、そこで考え始めるのでは遅すぎます。
本当に考えるべきなのは、「この会社には、長い休みが終わった後にも戻ってきたいと思える理由があるだろうか」という問いです。その理由は、給与を上げるだけでは作れません。
必要なのは、労働時間や評価の実態を数字で見える化する仕組みと、上司が違和感を早い段階で拾える1on1のような日常の対話の両方です。制度だけ整えても、本音を話せる関係がなければ、社員は違和感を口にせず溜め込んだまま長期休暇を迎えます。対話だけ重ねても、労働時間や昇給の実態が曖昧なままでは、「言った・言わない」の水掛け論になりかねません。両方が噛み合って初めて、休み明けに戻ってくる理由になります。
よくある質問
Q. 盆明けに退職を申し出た社員は、引き留めるべきですか?
A. 本人の中で結論が出ている段階での引き留めは、成功しにくいのが実情です。それよりも、なぜそこまで至ったのかを丁寧にヒアリングし、他の社員が同じ道をたどらないよう、日頃の仕組みを見直すきっかけとして活用することをおすすめします。
Q. 労働時間の「見える化」は、具体的に何から始めればいいですか?
A. まずは部署・時期ごとの実際の残業時間を集計し、採用時に伝えていた内容とのズレがないか確認することから始めます。ズレがある場合は、業務の分担や人員配置の見直しとあわせて、採用段階での説明を実態に合わせて修正することが重要です。
まとめ
盆休みは、若手にとって「辞める理由」を新しく作った時間ではありません。もともとそこにあった違和感に、気づくための時間を与えただけです。若手社員が休み明けに戻ってきたら、ほっとするだけでなく、「この会社には、また戻ってきたいと思える理由があるだろうか」と、あらためて考えてみてください。
労働時間の実態把握や1on1の仕組みづくりに不安を感じたら、ぜひ当社にご相談ください。
筆者プロフィール
泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー
姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年8月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。
中卒→ニート→売れない漫画家→特定社労士。国立高専を半年で中退し、20代前半は全国誌でギャグ漫画を2年間連載するも、鳴かず飛ばずのまま終わる。定職に就かない時期を経て、勤め先では悪質な嫌がらせにも遭う。「仕事ができない人間」として過ごした日々と、あの職場の記憶。その両方が社労士を志すきっかけとなる。2014年に社会保険労務士登録、2019年7月に独立。
「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に、常識を教えてあげたところ、解約された過去あり。それでも伝え続けるのが私の役目だと思っている。
支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走と「耳が痛い話」ができる社労士でありたい。
生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、クライアントのPCを直接触り、その日のうちに仕組みを作る「実装型伴走」を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。
