「国保逃れ」1万1,610人、赤信号はみんなで渡っても全員アウト|姫路の特定社労士が考える、理屈が通らない保険料削減に手を出してはいけない理由

2026年9月14日、厚生労働省が「国保逃れ」の調査結果を公表しました。個人事業主やフリーランスから会費を受け取り、法人の役員に形だけ就かせて社会保険に入れていた事業所が38あり、そこで加入していた人は1万1,610人にのぼりました(共同通信、2026年9月14日)。

正直、「またか」と思いました。2025年の暮れから、この話は何度も報じられてきたからです。私自身も、関わった会社で、よく似た理屈を聞いたことがあります。

今日はそれについて、私の持論をお話しします。


目次

  1. 「理事になれば保険料が安くなる」——大阪府議会で示された検索広告
  2. 会費を払って受け取る「役員報酬」は、報酬と呼べない
  3. 100万円払ったら200万円もらえる補助金は、この世にない
  4. 赤信号は、1万人で渡っても赤信号
  5. 顧問弁護士・公認会計士・税理士がいても止まらなかった「通勤手当逃れ」
  6. 私も、通勤手当に保険料がかかるのは納得していない
  7. 「これ、おかしくないですか」が社長に届く会社か
  8. よくある質問
  9. まとめ

「理事になれば保険料が安くなる」——大阪府議会で示された検索広告

国保逃れが広く知られるきっかけは、2025年12月10日の大阪府議会でした。自民党の占部走馬府議が、「フリーランス 社会保険」と検索すると出てくる広告を示し、一般社団法人の理事になって少額の報酬を受け取れば保険料が下がる、という仕組みを取り上げたのです。12月下旬には関西テレビが、兵庫県内の日本維新の会の地方議員4人が、京都市の一般社団法人の理事として登記されていたと報じました。理事は辞任者を含めて700人を超え、同じ報道では兵庫県議の国民健康保険料を年に約109万円としています。

  • 2026年1月:維新が地方議員6人の利用を確認し、全員を除名
  • 2026年3月18日:厚生労働省が、役員の加入の判断基準を通知で明確化
  • 2026年3月〜8月:年金事務所の調査で、38事業所・1万1,610人を確認
  • 2026年9月14日:「勤務時間が極端に短い正社員」として雇う手口にも通知

会費を払って受け取る「役員報酬」は、報酬と呼べない

法人から仕事の対価として報酬を受けている役員は、社会保険に加入できます。ですから、理事になって社会保険に入ること自体は違法ではありません。問われるのは中身で、2026年3月18日の通知は、経営に関わる仕事を実際に続けているか、報酬がその仕事の対価として法人から払われているかを、実態で判断すると改めて示しました。

典型的なスキームでは、ここが両方とも崩れています。理事の仕事は形だけで、本人は受け取る役員報酬より多い金額を「会費」として払っています。お金が法人から本人へ流れているのではなく、本人から法人へ流れている。これを「仕事の対価」と呼ぶのは無理があります。

資格が認められなければ、国民健康保険と国民年金に戻されます。厚生労働省は、過去の保険料をさかのぼって求める方針です。加入させた事業所の側も、正当な理由なく虚偽の届出をした事業主は、6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象になり得ます(健康保険法208条、厚生年金保険法102条)。

法律とは別に、モラルの面でも引っかかります。国民健康保険は、所得に応じて保険料を出し合う支え合いの仕組みです。所得の高い人が抜けていけば、その穴は、まじめに払い続けている自営業の人や年金生活の人が埋めることになります。


100万円払ったら200万円もらえる補助金は、この世にない

私が真っ先に思い出したのは、補助金の営業トークでした。「100万円かけていただければ、国から200万円の補助金が出ます」という話を持ち込まれて、相談に来られる経営者は少なくありません。補助金は使ったお金の一部を補助する制度ですから、100万円払って200万円戻ってくるなら、どこかで金額を膨らませているか、書類が事実と違うかのどちらかです。それはグレーでも何でもなく、不正受給です。

「グレーだと言われているものには、手を出さないでください」。私は、どの会社にもそうお伝えしています。ただ、会費を払えば保険料が安くなる、100万円払えば200万円もらえる、という話はグレーですらありません。最初から理屈が通っていないのです。


赤信号は、1万人で渡っても赤信号

こうした話を止めると、ほぼ必ず返ってくる言葉があります。「他の会社もやっていますよ」「知り合いの社長もやっています」。

昔、ビートたけしさんが漫才で「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と言って笑いを取っていました。笑えるのは、誰もがそれは間違いだと分かっているからです。みんなで渡ったからセーフになるのではなく、渡った全員がアウトになります。

今回の1万1,610人が、まさにそうでした。理事が700人もいる法人に名前を連ねていれば、「これだけの人がやっているのだから大丈夫だろう」と思うのが人間です。でも、年金事務所は人数の多さで判断を甘くしてはくれません。実態がないと判断した38の事業所では、形だけ加入していた全員の資格が外されました。


顧問弁護士・公認会計士・税理士がいても止まらなかった「通勤手当逃れ」

同じことは、会社でも起きます。数年前に私が関わった、ある地方の製造業の会社の話です。従業員は数百名で、その多くが自分の車で工場に通勤していました。

  • 自宅から工場までのマイカー通勤に、通勤手当を払っていなかった
  • 代わりに、毎回「旅費交通費」の実費精算として経費で処理していた
  • 給与明細に載らないので、社会保険料も労働保険料もかからない
  • 会社が払う金額は同じなので、「会社も本人も得をする」という説明だった

経営陣は「従業員のためにやっているんです」とおっしゃっていて、この会社には顧問弁護士も、顧問の公認会計士も、顧問税理士もついていました。

私は、はっきりお伝えしました。自宅から工場への移動は、どう見ても通勤です。

健康保険法3条5項は、保険料の対象になる「報酬」を、「賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのもの」と定めています。厚生年金保険法3条1項3号も同じ定義です。労働保険料についても、労働保険徴収法2条2項が「賃金、給料、手当、賞与その他名称のいかんを問わず、労働の対償として事業主が労働者に支払うもの」を賃金としています。

どの法律も「名称を問わず」と書いています。通勤手当はこの報酬・賃金に含まれる、というのが日本年金機構の取り扱いです。業務のための出張旅費のような実費弁償なら報酬に当たりませんが、名前を旅費交通費に変えても、中身が通勤なら通勤手当です。旅費交通費として処理できる根拠は、どの条文にもありませんでした。

返ってきた答えは、「いや、もうこれで今までやってきたので」。私の指摘は、その一言で終わりました。

この会社には、難関の国家資格に合格した「頭の良い(はずの)専門家」が3人もついていたのに、間違った仕組みは改善されませんでした。弁護士だから全部正しい、公認会計士だから全部正しい、ということはありません。正しいのは、「法的根拠を示してくれる専門家」です。

年金事務所の調査で見つかれば、保険料は最大2年分さかのぼります。この会社の規模なら、納める保険料は数百万円から、1,000万円を超える規模になり得ます。しかも納付の義務は事業主にあるので、本人負担分も含めて、会社がまず全額を納めなければなりません。

法律上、半分は本人の負担なので、会社は本人に請求できます。ただ、給与から天引きできるのは原則として前月分だけで、過去の分をまとめて差し引くには本人の同意などが必要です。今さら「2年分払ってください」と言われて、快く払う人はまずいません。結局、会社が本人分まで負担せざるを得ないケースが少なくありません。「会社も本人も得をする」はずの仕組みは、見つかった瞬間に、会社が大きく損をする仕組みに変わります。


私も、通勤手当に保険料がかかるのは納得していない

私自身、通勤手当に社会保険料や労働保険料がかかるのは、正直に言って納得していません。遠くに住んでいる人ほど通勤に時間がかかり、通勤手当をもらってもガソリン代や定期代に消えていくので、手元に残るお金は増えないのに、保険料だけは上がる(厳密には、将来の年金額などに反映されます)。ただ、納得していないことと、守らなくていいことは、まったく別の話です。

法律上の理由は、先ほどの条文のとおりです。そのうえで、私はこうも考えています。もし通勤手当に保険料がかからなかったら、悪いことを考える人は、基本給を大きく削り、その分を通勤手当として月に5万円、10万円と払うはずです。抜け道を使う人がいる以上、通勤手当を対象から外すわけにはいかないのだと、私は見ています。

国保逃れで3月と9月に続けて通知が出たのも、同じことです。ずるをする人が現れるたびにルールは細かく、窮屈になり、そのしわ寄せは、まじめな会社と働く人たちが背負います。


「これ、おかしくないですか」が社長に届く会社か

では、中小企業は何をしておけばいいのか。私は、制度(ハード)と空気(ソフト)の両方で考えます。

ハードの側は、ルールを紙に書いておくことです。賃金規程で通勤手当の支給基準を決め、出張などの業務上の移動は旅費規程で別に定めて、2つを混ぜない。そして「保険料が下がる」「税金が安くなる」という提案が来たら、お金がどこからどこへ流れるのかを書き出し、その報酬や経費が何の対価なのか、専門家に法的根拠を示してもらってから決める。

ソフトの側は、社長が「うちは、理屈が通らないことはやらない」と口に出して言うことです。そのうえで、経理の担当者や幹部が「これ、おかしくないですか」と言える空気があるかどうか。制度があっても、その声が社長に届かなければ、間違った仕組みは止まりません。


よくある質問

Q1. 自分で会社をつくり、役員報酬を低くして社会保険に入るのも、国保逃れになりますか?

A. 自分で法人をつくって代表取締役になり、その会社から役員報酬を受け取っているなら、役員報酬が低いというだけで資格を否定されることは、まずありません。今回問題になったのは、他人が運営する法人に会費を払って、形だけの役員になる仕組みです。

Q2. うちも通勤手当を旅費交通費で処理していました。どうすればいいですか?

A. まず、今月からの処理を正しい形に改めてください。過去の分の訂正は、社会保険・労働保険・源泉所得税に及ぶ可能性があり、進め方は支給の実態によって変わります。調査で指摘される前に、自分から専門家に相談して是正に動くことをおすすめします。姫路以外の地域の方も、オンラインでご相談いただけます。


まとめ

1万1,610人の国保逃れも、会社の通勤手当逃れも、始まりは「得をする方法がある」という一言でした。そして、それを続けさせたのは「みんなやっている」「今までこれでやってきた」という言葉です。1万人で渡った赤信号も、1社で渡った赤信号も、見つかったときの結果は変わりません。

そんなやり方で保険料を下げようとするくらいなら、企業型確定拠出年金を「選択制」で導入するほうが、よほどマシです。合法的に、社会保険料も所得税・住民税も下げられます。「投資は怖い」という従業員には、元本確保型の商品を選んでもらえばいいのです。

ただ、元本確保型はインフレに対応できないので、物価が上がれば実質的には目減りしていきます。だからこそ、金融教育もあわせて行ってほしいのです。制度にはメリットだけでなくリスクや注意点もあるので、詳しくは別の記事で解説します。

真正面からの教育や福利厚生に取り組まず、一見簡単に見えて、あとで必ず困るずるいやり方に頼っていては、企業は中長期的に絶対に成長しませんし、いい人も残りません。

大切なのは、グレーだと言われるものに手を出さないこと。そして、理屈が通らないものには、最初から近づかないことです。そのために、制度(ハード)を紙に書いておくことと、「おかしい」と言える空気(ソフト)をつくっておくこと。その両方が要ります。

社長自身が本気になって、「この仕組み、理屈は通っているか」と問い続けてほしいのです。

筆者プロフィール

泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー

姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年9月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。

中卒→ニート→売れない漫画家→特定社労士。国立高専を半年で中退し、20代前半は全国誌でギャグ漫画を2年間連載するも、鳴かず飛ばずのまま終わる。定職に就かない時期を経て、勤め先では悪質な嫌がらせにも遭う。「仕事ができない人間」として過ごした日々と、あの職場の記憶。その両方が社労士を志すきっかけとなる。2014年に社会保険労務士登録、2019年7月に独立。

「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に、常識を教えてあげたところ、解約された過去あり。それでも伝え続けるのが私の役目だと思っている。

支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走と「耳が痛い話」ができる社労士でありたい。

生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、クライアントのPCを直接触り、その日のうちに仕組みを作る「実装型伴走」を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。