姫路の特定社労士が伝える、専門家に事実を伝えない中小企業が損をする理由

「もちろん、ちゃんとやってますよ」

その会社を訪問するたび、私は同じ質問をしていました。勤怠は正しく管理されていますよね。ご本人に打刻させていますよね、と。返ってくる答えも、毎回同じでした。

2年後、労働基準監督署が再び入って、事実がまったく違っていたことが分かりました。そのあいだに膨らんでいた未払い残業代は、数百万円規模にのぼっていました。

今日は、この話をします。専門家に事実を伝えない会社が、最終的に何を払うことになるのか、という話です。


目次

  1. 「ちゃんとやってますよ」の裏で、2年間続いていたこと
  2. 隠そうとする気持ちも理解できるが・・・
  3. 事実(正しい情報)が分からないと、正しい対策はできない
  4. よくある質問
  5. まとめ

「ちゃんとやってますよ」の裏で、2年間続いていたこと

業種も規模も変えてお話しします。地方の運送会社です。

私が関わりはじめたきっかけは、労働基準監督署からの厳しい指導でした。指摘は一つや二つではありません。当時、未払い残業代は毎月数十万円の規模で発生していました。そこから一つずつ手を入れて、最終的に、ほぼゼロまで持っていきました。正直に言えば、相当に大変な作業でした。

受けた指導のなかに、勤怠管理を正しく行うこと、という項目がありました。会社は勤怠システムを導入し、運用を始めました。ここまでは、よくある改善の流れです。

私は、その後も会うたびに確認していました。一度や二度ではありません。正しい勤怠管理をされていますよね。ご本人に打刻させていますよねそのたびに「もちろん、ちゃんとやってますよ」という答えが返ってきました。

2年後、労働基準監督署が再び入りました。そこで分かったのは、まったく別の運用が続いていたという事実です。

  • 従業員本人には打刻させていなかった
  • 管理者が勤怠システムに管理者権限でログインし、終業時刻を手で入力していた
  • 記録上は、18時半や19時に退勤していることになっていた
  • 実際には、22時近くまで働いている日が続いていた
  • それが2年間、私に対しては「ちゃんとやっている」と説明されたまま続いていた

積み上がった未払い残業代は、数百万円規模。一度ほぼゼロにしたはずのものが、2年で元より大きくなって戻ってきたことになります。その後、この会社はさらに別の問題にも直面することになるのですが、そこはここでは書けません。


隠そうとする気持ちも理解できるが・・・

こう書くと、ひどい会社の話に聞こえるかもしれません。ただ、私はそう単純には受け取っていません。

別の会社で、担当の方にこう言われたことがあります。「突っ込まれると、いろいろ面倒になるじゃないですか」。労務の話を掘り下げられること自体が、心理的に負担なのだ、と。手間が増える。コストが増える。人手が足りないなかで、それを引き受ける余裕がない。

この感覚は、責められるものではありません。会社を続けていくことのほうが先だ、という判断も、経営としては理解できます。実際、私が現場で聞く「分かりません」「記録は残していません」「記憶も薄れています」という答えの多くは、嘘をつこうという意思から出ているのではなく、これ以上つつかれたくない、という自己防衛から出ています。

冒頭の運送会社も、おそらく同じだったのだろうと思っています。本人に打刻させれば、実際の労働時間が記録に残る。残れば、残業代を払わなければならない。払えば、資金繰りが厳しくなる。だから管理者が入力した。順を追えば、悪人が一人もいなくても成立してしまう流れです。

ただ、それでも結果は変わりません。自己防衛のつもりで伏せた事実が、2年かけて、会社にとって最も高くつく形で戻ってきました。


事実(正しい情報)が分からないと、正しい対策はできない

では、なぜ損をするのか。理由は大きく二つあります。

一つめ。真実を教えていただけないと、私たち専門家は、適正な対策を提示できません。

社会保険労務士の仕事は、法律の条文を読み上げることではありません。その会社の実態に合わせて、どこから手を付けるか、どこは当面置いておくか、落としどころはどこか、順番を設計することです。ところが、その材料になる正しい数字、事実が出てこない。誰が何時間働いているか分からない。過去に何があったかも分からない。そうなると、一般論しか言えません。

顧問料を払いながら、インターネットで調べれば出てくる内容を受け取っている。これほどもったいない使い方はありません。しかも会社側は「専門家に相談したのに、たいした話は出てこなかった」と受け取ってしまう。お互いにとって不幸な状態です。

二つめ。伏せた事実は、たいてい第三者が先に見つけます。

労働基準監督署の調査、退職した社員の代理人からの通知、あるいは従業員本人の書き込み。私が見てきた限り、ハラスメント、未払残業代など、大きな隠し事は、多くの場合、あとで明らかにされます。

正直に、先に私に話していただけていたら、出来ることがたくさんありました。しかし、終わった後では、打つ手は何もありません。


よくある質問

Q. 社労士に全部話すと、直せと言われることが増えて、かえって費用が増えるのではないでしょうか?

A. 全部を今すぐ直しましょう、という話にはなりません。私がまず行うのは、優先順位をつけることです。いま直さないと金額が積み上がるもの、法改正の期限があるもの、当面は現状維持でよいもの。これは実態が見えて初めて仕分けできます。全部を話すことと、全部を直すことは別です。むしろ、隠したまま進めた設計は後で作り直しになり、二重に費用がかかります。

Q. 昔のことを聞かれても、記録もなく本当に覚えていない場合はどうすればいいですか?

A. 「記録もないし、覚えていない」と、そのまま言っていただければ十分です。困るのは、分からないことを分かっているように答えられることです。分からないと分かれば、こちらは別の方法で確かめにいきます。曖昧な答えを前提に設計を組むと、その設計ごと崩れます。分からないという答えも、立派な情報です。


まとめ

一度ほぼゼロにした未払い残業代が、2年で数百万円規模になって戻ってきた。あの経験は、いまも私のなかに残っています。会社に悪人がいたわけではありません。ただ、事実が私のところに届いていませんでした。それだけです。

専門家は、会社を取り締まる側の人間ではありません。会社の側に立って、一緒に打ち手を考える人間です。事実を渡してもらえた分だけ、こちらも踏み込めます。渡してもらえなければ、一般論を返すことしかできません。

もし、顧問社労士や税理士に、「隠していること」「言えないこと」があるとしたら、早めに相談される事をオススメします。

筆者プロフィール

泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー

姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年8月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。

中卒→ニート→売れない漫画家→特定社労士。国立高専を半年で中退し、20代前半は全国誌でギャグ漫画を2年間連載するも、鳴かず飛ばずのまま終わる。定職に就かない時期を経て、勤め先では悪質な嫌がらせにも遭う。「仕事ができない人間」として過ごした日々と、あの職場の記憶。その両方が社労士を志すきっかけとなる。2014年に社会保険労務士登録、2019年7月に独立。

「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に、常識を教えてあげたところ、解約された過去あり。それでも伝え続けるのが私の役目だと思っている。

支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走と「耳が痛い話」ができる社労士でありたい。

生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、クライアントのPCを直接触り、その日のうちに仕組みを作る「実装型伴走」を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。