丸善ジュンク堂書店の「時給1,280円・週5日」求人が炎上|姫路の採用定着士が伝える、非正規の求人票に月の額面と正社員との違いまで書くべき理由

2026年10月19日、丸善ジュンク堂書店の公式Xが、契約社員・アルバイトの募集を案内しました。翌20日、この投稿を引用して求人条件の画像を載せた人がいて、「奴隷並みの待遇」「やりがい搾取」という批判が相次ぎました。時給は1,280円で、ファイナンシャルフィールドの記事によると、東京都の最低賃金と同額です。

私が気になったのは、条件そのものよりも、正社員の待遇が見えないまま批判が広がっていることです。今日はそれについて、批判をおそれず、私の持論をお話しします。


目次

  1. ニュースの概要
  2. 批判の前に、認めるべき点はないのか?
  3. 丸善ジュンク堂書店の正社員の待遇は、どこまで分かるのか?
  4. 労働条件は、誰が選ぶものなのか?
  5. 匿名のダメ出しは、なぜ目につくのか?
  6. 労働契約について、学校では何を教えるべきなのか?
  7. 中小企業の社長は、求人票に何を書けばよいのか?
  8. よくある質問
  9. まとめ

ニュースの概要

求人の時給は1,280円(交通費支給)です。勤務は8時30分から17時までと、13時から21時30分までの交代制で、条件は「週5日、土日祝日の半分以上は勤務できる方」「長期で勤務できる方」「学生不可」とされています。

求人の勤務地は各店で、次の数字は東京都で働く場合の試算です。ファイナンシャルフィールドが10月29日に配信した記事の試算では、休憩を1時間として実働7時間30分、月20日働くと、月の額面は19万2,000円です。保険料と所得税を引いた手取りは約16万1,000円で、家賃8万円の部屋に住めば、残りは約8万1,000円になります。SNSでは「書店員なのに本が買えない」という声も出ています。


批判の前に、認めるべき点はないのか?

この条件を見て「厳しい」と感じるのは、自然なことだと思います。手取り約16万円で家賃8万円では、余裕のある生活は難しいでしょう。フルタイムで働く人の暮らしを心配する気持ちは、優しさだと思います。

そのうえで、法律の話を整理しておきます。時給は東京都の地域別最低賃金と同額なので、少なくとも地域別最低賃金は下回っていません。最低賃金かどうかは、通勤手当や時間外手当、賞与などを除いた時給で判断します。産業別の特定最低賃金が適用される業種では高いほうが適用されますが、この求人が対象かどうかまでは、私は確認できていません。ただし、最低賃金を下回っていないことと、労働関係の法令すべてで問題がないことは別の話で、正社員との待遇差が適法かどうかは、外からは判断できません。

モラルとして「納得できない」と感じる人がいることも、否定しません。ただ、モラルを理由に決めつけるなら、その前に確かめておきたいことがあります。


丸善ジュンク堂書店の正社員の待遇は、どこまで分かるのか?

私は、丸善ジュンク堂書店の正社員の待遇を調べてみました。見つかったのは、マイナビの2027年卒向け(新卒採用)の掲載です。初任給(基本月額)は総合職が22万5,000円、専任職が21万円で、昇給は年1回、賞与は年2回(いずれも考課による)、職務手当や転勤家賃補助があり、年間休日は113日です。

求人の月の額面と並べてみます。契約社員・アルバイト(以下、非正規)の額面19万2,000円に対して、専任職の初任給は21万円なので、差はたった1万8,000円です。総合職でも3万3,000円です。正社員との差を大きく想像していた人には、意外かもしれません。

とはいえ、これだけで差が小さいとは言えません。賞与(年2回)や各種手当を含めた年収で比べると、この比較は当てになりません。この初任給は新卒向けのもので、非正規から登用された人や中途採用の人の待遇とは限りません。賞与や昇給の金額、正社員の所定労働時間、転勤の有無、登用の実績も、外からは見えません。ここまで調べても、私にはこの求人条件が搾取なのか判断できませんでした。私にも判断できないことを、正社員の待遇が見えないまま断じる人が目につきました。それが、今回の違和感の正体です。


労働条件は、誰が選ぶものなのか?

労働契約は、会社と働く人が合意して結ぶ契約です。会社が条件を示し、働く人が、その条件で働くかどうかを自分で決めます。もちろん簡単ではありませんが、その賃金で生活できるか、やりたい仕事かを考えて、賃金が足りなければ交渉します。それでも合わなければ応募しない。働いてから合わないと分かったなら、転職する。選んだのは自分、という点は押さえておきたいところです。

私は、強い人よりも弱い人のことが気になります。交渉が苦手な人や、選べる仕事が少ない人がいることも分かっています。だからこそ、「会社がひどい」と言うだけで終わらず、選び方と交渉の仕方を知っている人が増えてほしいと思います。

一方で、条件を示す会社側には、明示する義務があります。労働契約を結ぶときは、賃金や労働時間などの労働条件を明示しなければなりません(労働基準法第15条。違反すると30万円以下の罰金の対象になります)。求人の募集時の明示は、職業安定法第5条の3が定めています。そのうえで、法令の範囲内であれば、条件をどう決めるかは会社が決めることで、応募しない人が決める話ではありません。私は同一労働同一賃金の問題があるかどうかも、正社員の待遇が見えない以上、この求人については何とも言えません。


匿名のダメ出しは、なぜ目につくのか?

世の中がストレスをためているように、私には見えます。嫌なものを見つけると指摘する、ダメ出しをする。しかも、私の目にはほとんどが匿名のアカウントに見えます。自分は何も背負わずに他人の条件に文句を言うことが、単なるストレス解消になっているとしたら、正直、しょうもないなと思ってしまいます。

さらに、AIの普及で答えがすぐ出るようになったことも、影響しているのではないかと感じます。自分で調べて考える前に、感想だけを言う人が増えたようにも思いますが、これは統計ではなく、私の実感です。もっとも、ニュースを見て意見を言っている私も、同じ穴のむじなかもしれません(笑)。


労働契約について、学校では何を教えるべきなのか?

私が必要だと思うのは、労働教育です。義務教育のうちか、遅くとも高校3年生までに、次の6つを教えるべきだと考えています。

  1. 労働契約は、会社と合意して結ぶ契約であり、働く条件は自分で選んでよいこと
  2. 労働基準法や最低賃金など、会社と合意しても下回れない最低基準があること
  3. 時給や月給から、手取りの金額を計算する方法
  4. 雇用契約書(労働条件通知書)で、確かめるべき項目
  5. 条件が足りないときの交渉の仕方
  6. 合わなければ転職してよいこと、そして選んだのは自分であること

これを知っている人が増えれば、求人を見て強い言葉で批判する前に、「自分には合わないから応募しない」と判断できる人が増えます。そのほうが、働く人にとっても会社にとっても、落ち着いて話ができる環境になると思います。


中小企業の社長は、求人票に何を書けばよいのか?

学校で教わらないのなら、会社が求人票と面接で伝えるしかありません。求人は書き方次第で、批判の的になることもあります。条件を具体的に書くことは、中小企業の社長が今日からできる対応です。

仕組み(ハード)として、求人票と雇用契約書に、条件を具体的に書きます。法律上の義務ではありませんが、求人票には次の3つを書くとよいと私は考えています。

  1. この時給、この勤務日数で働いた場合の、月の額面の例
  2. 賞与と昇給の有無、正社員との待遇の違い
  3. 非正規から正社員への登用の実績と、その条件

関わり方(ソフト)としては、面接で「この条件で、不安なことはありませんか」と応募者に聞きます。条件の説明を紙を渡して終わりにせず、口頭でも伝えます。納得して選んでもらえば、入社後のミスマッチが減り、辞める人も減ります。ハードだけでは、応募者は安心できません。ソフトだけでは、後から言った言わないになります。


よくある質問

Q1. 最低賃金と同額で求人を出すことは、問題ないのでしょうか?

A. 賃金が地域別の最低賃金(産業別の特定最低賃金が適用される場合は、高いほう)を下回っていなければ、最低賃金法の面では問題ありません。ただし、最低賃金を下回らないことと、応募者に選ばれることは別です。最低賃金は近年ほぼ毎年改定されていますので、同額で出している求人は、改定のたびに時給を見直す必要があります。

Q2. 正社員との違いまで求人票に書くと、応募が減りませんか?

A. 応募は減るかもしれません。ただ、「聞いていた話と違う」と言って、入社して間もなく辞められるほうが、会社の損失は大きくなりやすいと私は考えています。条件を具体的に書いて、納得した人だけが応募してくれるほうが、採用にかけた時間と費用が無駄になりません。求人票の書き方や雇用契約書の見直しは、当事務所でも全国オンラインでお手伝いしています。


まとめ

丸善ジュンク堂書店の求人は、時給1,280円と、記事によれば東京都の地域別最低賃金と同額で、少なくとも地域別最低賃金は下回っていません。モラルとしてどう見るかは、人によって分かれてよいと思います。ただ、正社員の待遇が見えないまま「搾取だ」と断じることは、私にはできません。

労働契約は、会社が示した条件に、自分が納得して合意する契約です。足りないと思えば交渉し、合わなければ転職を考えてもいい。その基本を学校で教えることが大切だと私は考えています。そして中小企業の社長は、求人票に条件を具体的に書き(ハード)、面接で口頭でも伝えて納得を確かめる(ソフト)ことで、働く人が納得して選べる状態をつくれます。

社長ご自身で、一度点検してみてください。うちの求人票は、読んだ人が月の額面と正社員との違いまで分かる内容になっているでしょうか? 条件の書き方に、ハードとソフトの両輪は揃っているでしょうか?

筆者プロフィール

泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー

姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,100件超(2026年10月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。

中卒→ニート→売れない漫画家→特定社労士。国立高専を半年で中退し、20代前半は全国誌でギャグ漫画を2年間連載するも、鳴かず飛ばずのまま終わる。定職に就かない時期を経て、勤め先では悪質な嫌がらせにも遭う。「仕事ができない人間」として過ごした日々と、あの職場の記憶。その両方が社労士を志すきっかけとなる。2014年に社会保険労務士登録、2019年7月に独立。

「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に、常識を教えてあげたところ、解約された過去あり。それでも伝え続けるのが私の役目だと思っている。

支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走と「耳が痛い話」ができる社労士でありたい。

生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、クライアントのPCを直接触り、その日のうちに仕組みを作る「実装型伴走」を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。