2026年7月28日夜、厚生労働省の審議会小委員会が、今年度の最低賃金引き上げの目安を「55円」とすることでまとまりました。
目安通りに引き上げられれば、全国平均は現在の1,121円から1,176円になります。ニュースのコメント欄には「審議会も政治家も、この金額で1年間生活してみろ」「55円上げてインフレに追いつけるのか」という声が並んでいました。
今回は、この決定の背景にある政府の説明を少し掘り下げつつ、姫路で中小企業の労務を見てきた社労士として、経営者が今考えておくべきことをお伝えします。
目次
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最低賃金1,176円決定の概要
今回の引き上げ目安を地域別に見ると、東京・埼玉・千葉・神奈川・愛知・大阪の6都府県が54円、それ以外の道府県が56円となっています。金額としては過去最高となる1,176円ですが、上昇率で見ると前年度(66円、6.3%増)をやや下回る4.9%です。
今後はこの目安をもとに、各都道府県の審議会で実際の引き上げ額が決まり、例年10月頃から都道府県ごとに適用されます。
最低賃金は正社員・パート・アルバイトなど雇用形態を問わず、時給換算した金額が対象になります。「うちはパートが中心だから」と油断せず、時給・日給・月給いずれの支払い方であっても、改定前に必ず自社の賃金台帳を点検しておくことをおすすめします。
政府の説明を、いったん整理してみる
政府は最低賃金の大幅な引き上げの理由として、大きく2つを挙げています。ひとつは「賃金と物価の好循環」、もうひとつは「国際比較での見劣り」です。
ただ、少し調べてみると、この説明にはいくつか引っかかる点があります。最低賃金の大幅な引き上げ自体は2016年から続いており、日銀が「賃金と物価の好循環」を持続的だと判断したのは2024年3月です。8年前から続く政策に、2年前からの理屈を後付けしているようにも見えます。
「国際比較での見劣り」については、実際に一般労働者の賃金水準に対する最低賃金の比率で見ても、日本はOECD主要国の中で低い方に位置しており、ここまでは事実です。問題はその先で、よく語られる「外国人材の獲得競争」は、実際には高度人材ではなく、技能実習生や特定技能人材(月収20万円台前後の層)の話であり、少し違う労働市場の話がすり替えられている印象を受けます。
さらに、目安を超えて引き上げる地域には「業務改善助成金」など、税金による支援策もあわせて用意されています。最低賃金の大幅な引き上げは、本来「対応できない企業に市場から退出してもらう」ことで、経済全体の生産性を上げる狙いがあるとされますが、その同じ企業を税金で延命させる助成策を併走させるのは、政策の目的とやや矛盾しているようにも見えます。
それでも「賃上げをしない理由」にはならない
政府の説明にほころびがあることは、事実として指摘してもよいと思います。ただし、それを理由に「賃上げを渋っていい」とはなりません。
理屈のおかしさに気づくことと、目の前の55円にどう向き合うかは、まったく別の話だからです。私がこれまで多くの中小企業を見てきた中で感じるのは、「人件費が上がったから仕方ない」という言葉で思考停止してしまう経営者ほど、賃上げのたびに同じ悩みを繰り返しているということです。
55円の引き上げで経営が立ち行かなくなるとすれば、それは賃金の問題ではなく、多くの場合、生産性や組織の仕組みの問題です。
賃金テーブルを何年も見直していない、評価制度がなく頑張っても給料が変わらない、生成AIで自動化できる事務作業を今も手作業でやっている。こうした状態のまま人件費だけが増えていけば、苦しくなるのは当然です。
55円を吸収する組織のつくり方
私は日頃から「制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪」が噛み合って初めて、組織は良くなると伝えています。最低賃金の引き上げも例外ではありません。
- ハード:賃金テーブル・評価制度を見直し、最低賃金の引き上げに合わせて全体の賃金バランスを点検する
- ソフト:制度だけでなく、日々の対話と承認を通じて、社員が「ここで働き続けたい」と思える関係性をつくる
- 生成AI:定型的な事務作業をAIで効率化し、増えた人件費を生産性の向上で吸収する
賃金テーブルだけを整えても対話がなければ社員は離れていきますし、対話だけを大切にしても賃金の仕組みが曖昧なままでは不安が拭えません。この両輪と、生成AIによる生産性向上をあわせて考えることが、55円という数字に振り回されない経営への近道だと考えています。
よくある質問
Q. 最低賃金の改定はいつ、どのように適用されますか?
A. 今回の目安をもとに、各都道府県の審議会で実際の引き上げ額が決定され、例年10月頃から都道府県ごとに順次適用されます。適用日は都道府県によって異なるため、自社の所在地の発効日を必ず確認してください。
Q. 業務改善助成金などの支援策は使うべきですか?
A. 活用できる制度は使って構いませんが、助成金はあくまで一時的な下支えです。恒久的に増える人件費を制度だけで賄い続けることはできないため、助成金を使う場合も、自社の生産性向上策とセットで考えることをおすすめします。
まとめ
最低賃金1,176円という数字の背景にある政府の説明には、正直、腑に落ちない部分もあります。ただ、そこに気づいて終わるか、自社の賃金制度・評価制度・業務の仕組みを見直すきっかけにできるかで、これから先の経営の安定は大きく変わります。
最低賃金アップに不安を感じたら、ぜひ当社にご相談ください。
筆者プロフィール
泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー
「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に、常識を教えてあげたところ、解約された過去あり。それでも伝え続けるのが私の役目だと思っている。
姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年6月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。
支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走とダメ出しができる社労士でありたい。
生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、経営者のPCに直接入り込んで当日動くシステムを作る実装型伴走を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。
