退職代行はなくならない、弁護士に移るだけ|姫路の特定社労士が説く、辞める理由が届く1on1のつくり方

「これで、退職代行も終わりですね」

2026年8月28日に退職代行「モームリ」の前社長らへ有罪判決が出てから、経営者にそう言われることが増えました。声には、少し安堵が混じっています。

私は、そうは思っていません。退職代行はなくなりません。やる人が、民間業者から弁護士に移るだけです。

そして、誰が来ようと会社がやるべきことは変わりません。この記事では、判決で何が裁かれたのかを正確に整理したうえで、すでに始まっている「弁護士の退職代行」の実態と、会社が本当にやるべきこと——普段の空気づくりと1on1ミーティングの設計——を書きます。


目次

  1. 有罪になったのは、退職代行ではない
  2. 終わるのではない、弁護士に移るだけ
  3. 誰が来るかで対応は変わる。ただ、戦う話ではない
  4. 辞める理由は、就業規則では分からない
  5. 1on1を「制度」と「空気」の両方で設計する
  6. 空気は、一瞬で壊れる
  7. よくある質問
  8. まとめ

有罪になったのは、退職代行ではない

東京地裁は2026年8月28日、退職代行「モームリ」を運営する株式会社アルバトロス(横浜市)の前社長・谷本慎二被告(37)に懲役2年・執行猶予3年、妻で同社元幹部の志織被告(32)に懲役1年6月・執行猶予3年を言い渡しました。法人にも罰金200万円が科されています。

罪名は弁護士法違反(周旋)のほか、違法な紹介料を別名目に偽装したとする組織犯罪処罰法違反です。両被告は2023年6月から2025年2月までの間、弁護士資格がないのに174人の退職希望者を弁護士2人に有償であっせんしたとされ、起訴内容を認めています。

あわせて押さえておきたいのが、紹介を受けた側です。K弁護士(弁護士法人O)とS弁護士(弁護士法人M)、および両法人も、2026年2月24日に弁護士法違反の罪で在宅起訴されました。こちらはまだ公判中で、有罪が確定したわけではありません。第一東京弁護士会は同年2月5日、「事案が事実とすれば、弁護士法上許されない行為であり、極めて遺憾な事態です」との声明を出しています。

「非弁行為」とは何か

弁護士以外の人が、報酬を得る目的で法律事件に関する交渉などの法律事務を扱うことは、弁護士法72条で禁じられています。これを「非弁行為」と呼びます。

そのうえで、退職代行というサービス自体に違法性はありません。本人がすでに決めた退職の意思を、本人の「使者」としてそのまま勤務先に伝えるだけであれば、法律事務には当たらないからです。

問題になるのはその先です。業者が代理人として意思表示をしたり、未払い残業代の請求や退職日の調整、年次有給休暇の取得日をめぐって会社と折衝したりすれば、非弁行為に当たるおそれがあります。つまり、裁かれたのは「退職代行」ではなく、民間業者が越えてはいけない線を越えた部分です。


終わるのではない、弁護士に移るだけ

ここまで読んでいただければ、次に何が起きるかは見えてくると思います。

弁護士であれば、最初から全部できます。退職の意思表示も、年次有給休暇の消化も、未払い残業代の請求も、会社からの損害賠償請求への対応も、交渉して構いません。わざわざ民間業者を経由する理由が、そもそもないのです。

そして、これは「これから起きること」ではありません。もう起きています。

たとえば弁護士法人川越みずほ法律会計は、退職代行を正面から主力サービスに据えています。サイトには「退職は、『雇用契約の解除』行為です。法律上の動きになりますので退職代行は弁護士の仕事です」と明記されています。

扱っているのは退職代行だけではありません。損害賠償対応プラン、業務委託の解除代行、取締役の退任代行、内定辞退代行、休職代行、未払い給料の請求。さらに企業側に向けて、弁護士と社会保険労務士を組み合わせたサポートプランまで用意されています。代表弁護士は2026年4月、テレビ朝日の報道番組にも出演しています。

東京商工リサーチによれば、2026年5月時点で「退職代行」を営業項目に掲げる企業は、弁護士法人を除いて56社。全社が設立10年未満で、うち32社は2025年の設立でした。ブームに乗って一気に増えた側が事件で信用を失い、その空いた場所に、最初から交渉できる人たちが入ってくる。ごく自然な流れだと思います。


誰が来るかで対応は変わる。ただ、戦う話ではない

同じ東京商工リサーチが2026年4月に発表した調査では、弁護士や労働組合以外の「退職代行」から連絡があった場合、「非弁行為が含まれる可能性があるため取り合わない」と答えた企業が30.4%ありました。

その門前払いは、相手が弁護士になった瞬間に使えなくなります。実務としては、まず相手の類型を確認してください。

  • 弁護士:代理人として交渉権限があります。会社は交渉に応じることになります。
  • 労働組合:団体交渉の申入れがあれば応じる義務があり、正当な理由なく拒めば労働組合法7条2号の不当労働行為です。
  • 民間業者:交渉権限はありません。退職の意思の伝達までが範囲です。

誰が来たかで、会社の対応は変わります。ただ、ひとつ勘違いしないでいただきたいことがあります。

これは、勝ち負けの話ではありません。相手が民間業者だろうが弁護士だろうが、会社が身構えたところで良くなることは何ひとつありません。辞めると決めた人は、もう辞めます。会社にとっての問題は、その人が辞めると決めるまでに何も聞けていなかったことのほうです。


辞める理由は、就業規則では分からない

では会社は何をすればいいのか。ここで多くの方が、就業規則の話を始めます。退職の申出先を書きましょう、何日前までにと定めましょう、と。

はっきり申し上げますが、それでは辞める理由は一つも分かりません。

就業規則に何を書こうが、辞めると決めた人は、決めたあとに手続きを踏むだけです。手続きのルールを整えることと、辞める理由が会社に届くことは、まったく別の話です。

私たちが知りたいのは、決める前のことです。なぜ辞めようと思ったのか。いつからそう思っていたのか。何があれば残れたのか。

それを聞ける場所と空気感が、社内にあるかどうか。私は、その答えはひとつしかないと思っています。普段からの空気づくりと、1on1ミーティングです。


1on1を「制度」と「空気」の両方で設計する

1on1は、時間を取れば成立するものではありません。制度(ハード)と空気(ソフト)を、分けて設計する必要があります。

ハード:頻度・担当・時間を決める

まず、制度として決める部分です。ここは1日で決められます。

  • 何ヶ月に1回やるのか:月に1回でも、2ヶ月に1回でも、3ヶ月に1回でも構いません
  • 誰と誰がやるのか:直属の上司なのか、あえて別ラインの管理職なのか、社長なのか
  • 1回あたり何分やるのか:30分なのか、45分なのか
  • 誰が実施を確認するのか:止まっていることに、誰が気づくのか

頻度そのものは、正直どれでも構いません。大事なのは、決めて、動く仕組みにすることです。「気づいたときに声をかけています」は制度ではありません。私は、やっていないのと同じだと考えています。

そして、もうひとつ大事なことがあります。続けることです。

中小企業では、新しいことを始めますと宣言しても、気づけばなくなっている、ということがよくあります。最初の2回はやる。3回目が飛ぶ。4回目の話は誰もしない。半年後に「そういえばやってましたね」で終わります。

だからこそ、4つめの「誰が実施を確認するのか」を必ず決めてください。止まっていることに気づける人がいなければ、その制度は必ず消えます。

ソフト:話しやすい場と空気をつくる

ただし、ここまでやってもまだ半分です。決めた時間に部屋に入って、向かい合って座って、それで本音が出てくるなら誰も苦労しません。

必要なのは、話しやすい場作りと、空気作りです。

  • こちらが先に話しすぎていないか(8割は相手が話している状態が目安です)
  • 評価や査定の話と混ぜていないか(混ざった瞬間、本音は出なくなります)
  • 何を言っても不利にならないと、相手が確信できているか
  • その場で否定したり、結論を出したりしていないか
  • 前回話したことを、こちらが覚えているか

この空気がない1on1は、ただの定例報告になります。本人は当たり障りのないことだけを話して帰っていき、こちらは「特に問題なさそうだ」と記録に書く。そして3ヶ月後に、代行から電話がかかってきます。

制度だけでも、空気だけでも足りません。私が「ハードとソフトの両輪」と言い続けているのは、まさにこの話です。


空気は、一瞬で壊れる

空気作りというと、ふわっとした話に聞こえるかもしれません。ですが、壊れるときは驚くほど具体的です。

ある会社で、こういうことが起きていました(実際の相談をもとに、業種も規模も人物像も大きく変えています)。

  • 辞めたいと切り出した社員に、社長が2時間かけて引き止めた
  • その様子を、他の社員が全員見ていた
  • 引き止められた社員は結局残り、半年後に体調を崩して辞めた
  • それ以来、誰も「辞めたい」と最初に言い出さなくなった

この社長に悪意はありません。むしろ必死でした。その人に残ってほしくて、本気で話をしたのです。

問題は、その2時間を横で見ていた社員たちのほうでした。彼らは「ここで本音を言ったら、あんなことになる」と学習しました。その日から、この会社の1on1は形だけになりました。制度は生きていて、時間も取っている。でも、もう誰も本当のことは言いません。


よくある質問

Q1. 1on1で「辞めたい」と言われたら、引き止めてはいけないのですか?

引き止めて構いません。本気で口説いても構いません。私はそれを否定しません。

問われるのは、口説いたあとです。残った人がその後どう扱われるか。そして、それでも去っていく人をどう送り出すか。社員が見ているのは、そこだけです。まわりに見える形で長時間詰めることだけは、避けてください。

Q2. 1on1をやる時間がありません。どこから始めればいいですか?

まず、過去2年で辞めた人のうち何人が直接申し出たかを数えてみてください。10分あればできます。直接言わなかった人が半数を超えていたら、それは個人の性格の問題ではありません。

そのうえで、3ヶ月に1回・30分から始めれば十分です。全員が難しければ、入社3年以内の社員だけでも構いません。頻度を落としてでも続けることのほうが、月1回で3ヶ月で消滅するより価値があります。


まとめ

モームリの元社長らに有罪判決が出ました。民間業者の退職代行は、これから縮んでいくのだろうと思います。

ですが、辞める人が減るわけではありません。弁護士がやる形に移るだけです。そして、それは会社が身構える理由にはなりません。やることは、代行が来ようが来まいが変わらないからです。辞めると決める前に、理由が届く経路を持っておくこと。それだけです。

就業規則に書いても、届きません。決めるのは、頻度と担当と時間、そして続けること。つくるのは、何を言っても大丈夫だという空気。その2つが揃った1on1が、いちばん効きます。

御社の1on1は、どちらが欠けているでしょうか。制度から作るのか、空気から立て直すのかで、打ち手はまったく変わります。1on1の設計から、管理職が実際に話を聞けるようになるまで、一緒に見ていきます。姫路の外からのご相談も、オンラインで受けています。

筆者プロフィール

泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー

姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年8月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。

中卒→ニート→売れない漫画家→特定社労士。国立高専を半年で中退し、20代前半は全国誌でギャグ漫画を2年間連載するも、鳴かず飛ばずのまま終わる。定職に就かない時期を経て、勤め先では悪質な嫌がらせにも遭う。「仕事ができない人間」として過ごした日々と、あの職場の記憶。その両方が社労士を志すきっかけとなる。2014年に社会保険労務士登録、2019年7月に独立。

「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に、常識を教えてあげたところ、解約された過去あり。それでも伝え続けるのが私の役目だと思っている。

支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走と「耳が痛い話」ができる社労士でありたい。

生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、クライアントのPCを直接触り、その日のうちに仕組みを作る「実装型伴走」を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。