先日、ある法人の経営者からこんな相談を受けました。「現場がこう言っています」と不満を伝えてくるだけで、自分では何も動かない管理職がいる、と。
現場の声を吸い上げること自体は、大切な役割です。ですが、伝えるだけで終わり、改善の提案も工夫もない。経営者は、その管理職にこう伝えたそうです。「高い給与をもらっている以上、それは高い成果や、みんなの模範であることへの対価でもある。不満を右から左に流すだけの役割なら、その給与に見合っていない」。
この話を聞きながら、私は経営者の覚悟に共感すると同時に、もう一段深いところに問題があると感じました。今日は、その本質を共有したいと思います。
目次
目次
- 「代弁するだけ」の管理職が生まれる構造
- 求められることを、誰も言語化していなかった
- この問題は、採用の入り口から始まっている
- 応募者をファンに変え、期待を段階的に伝える
- 管理職の基準も、同じように言語化する
- よくある質問
「代弁するだけ」の管理職が生まれる構造
この事例に置き換えてみると、構造はこう整理できます。
- 現場の不満:業務量や評価への不満が、日常的に管理職に届く
- 管理職の対応:不満をそのまま経営者に伝えるだけで、自分では対応しない
- 経営者への負担:現場の細かい不満まで、経営者自身が直接受け止める羽目になる
- 管理職の立場:「自分は伝えただけ」という当事者意識の薄いポジションに留まる
経営者の「給与に見合っていない」という指摘は正しいと思います。ですが、私はこの経営者の言っていることだけでは足りないとも思っています。なぜこの管理職は、代弁するだけの立場に留まってしまったのでしょうか。ここを掘らなければ、同じことがまた別の人物で繰り返されます。
現場からすれば、管理職が自分たちの味方でいてくれることは心強いものです。ですが、味方であることと、当事者として動かないことは、本来別の話です。この2つを混同したまま放置すれば、組織の中間層は少しずつ空洞化していきます。
求められることを、誰も言語化していなかった
結論から言います。この管理職に、会社が何を求めているのかが、そもそも明確に伝わっていなかった可能性が高いのです。
「うちの会社では、こういう人を管理職にする」「管理職にはこういう能力と姿勢を求める」。この基準を、具体的に言語化できている中小企業は驚くほど少ないのが実情です。基準が曖昧なまま「代弁するだけじゃダメだ」とだけ伝えても、本人には何をどう変えればいいのか分かりません。分からないものを、改善できるはずがないのです。
多くの中小企業でこれが起きています。一つ一つの制度がバラバラにできていない上に、そもそも「求める人物像」自体が言語化されていません。だからこそ、注意する側もされる側も、どこかモヤモヤした空気のまま日々を過ごすことになってしまいます。
この問題は、採用の入り口から始まっている
私がいつも伝えているのは、こうした問題は管理職になってから急に発生するわけではない、ということです。求人原稿を出す段階から入社後の教育まで、一貫した設計ができている中小企業は、実はほとんどありません。
面接で「志望動機は?」「何ができますか?」とだけ聞く会社があります。ですが、はっきり言います。志望動機なんて、そもそも存在しません。働く理由は、応募者の中に最初からあるものではなく、面接官が、その場で作ってあげるものです。この入り口で「求めるもの」を伝えきれていなければ、入社後も、管理職への登用時も、同じ曖昧さが引き継がれてしまいます。
応募者をファンに変え、期待を段階的に伝える
欲しい人材がどんな人なのか。求めるもの、必要なもの、いらないもの、期待すること。これを明確にします。求人原稿の段階で全部書く必要はありません。ですが、面接の段階では必ず全部伝えるべきです。
ここで多くの会社が飛ばしてしまう工程があります。期待を伝える前に、まず応募者をファンに変えることです。いきなり要求から入るから、応募者は離脱してしまいます。会社の魅力を伝え、「ここで働きたい」という気持ちを作ってから、期待することを伝える。順番さえ守れば、誰も離脱しません。むしろ、あなたの会社をもっと好きになってくれます。
入社後も同じです。3ヶ月後、半年後、1年後。段階を踏んで期待を言語化し、本人と一緒に目標を決め、1on1で繰り返しフィードバックする。傾聴の姿勢と適切な指導。このサイクルがなければ、採用した人材は宙ぶらりんのまま育ちません。
管理職の基準も、同じように言語化する
冒頭の管理職の話に戻りましょう。経営者が伝えた「給与に見合った働きをしてほしい」というメッセージは、正しい第一歩です。ですが、これで終わらせてはいけません。
次にやるべきは、「代弁するだけでなく、こう動いてほしい」を具体的に言語化することです。現場の課題解決にどう関与するか、評価項目にどう組み込むか。ここまでセットにして初めて、本人は「代弁するだけの人」から「動く人」へと変わっていけます。
具体的には、現状把握(管理職が受け取っている不満の内容と頻度を棚卸しする)、役割の再定義(どこまでを自分で解決し、どこから経営者に上げるかの線引き)、評価への反映(課題解決への関与を評価項目に明文化する)という3ステップで整理するとよいでしょう。一度の面談で劇的に変わるものではありませんが、継続すれば確実に空気は変わります。
求人原稿、面接、入社後のフォロー、管理職への登用基準。この一本の線が言語化され、つながっているかどうか。それが、制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪を機能させる土台になります。
評価基準を明文化するハード面と、1on1で向き合い続ける対話のソフト面。どちらか一方だけでは、代弁するだけの立場から抜け出すことはできません。両方が噛み合って初めて、本人は自分の言葉で現場を動かす側に回ることができます。
よくある質問
Q. 管理職に厳しく伝えると、辞めてしまうのではないかと不安です。
A. 伝え方次第です。頭ごなしに叱るのではなく、「期待している役割」を基準とともに説明すれば、多くの場合は前向きに受け止められます。基準を示さないまま不満だけ伝える方が、長期的なリスクは大きくなります。
Q. 求める人物像は、どこまで細かく言語化すればいいですか?
A. 完璧な定義書を作る必要はありません。まずは「昇給する人」「管理職にする人」に共通する行動や姿勢を3〜5個、具体的な言葉で書き出すところから始めるとよいでしょう。そこから採用や評価の場面で使いながら、精度を上げていけば十分です。
まとめ:代弁役から動く人へ、その手前に言語化がある
現場の不満を伝えるだけの管理職を叱るのは簡単です。ですが、求められることが言語化されていなければ、本人はどう変わればいいか分かりません。この構造は、採用の入り口から一貫して設計されていて初めて解消されます。
求人原稿から評価制度まで、求める人物像を一貫して言語化することに不安を感じたら、ぜひ当社にご相談ください。
筆者プロフィール
泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー
姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年6月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。
「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に説教して解約された経験あり。それでも伝え続けるのが私の役目。
支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走とダメ出しができる社労士。
生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、経営者のPCを直接触り、当日に課題を解決する「実装型」の伴走を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。
